
🌿 本物の芸術は値引きしない ― 抹茶体験で使う「棗(なつめ)」の物語
- 京都全身矯正専門ハッピーカイロプラクティック整体東寺駅前
- 10月30日
- 読了時間: 4分
京都駅近くの小さな茶室にいらしたお客様は、抹茶茶碗の隣に置かれた小さく上品な漆塗りの器にすぐ目を留められます。
それが 「棗(なつめ)」 ―― 宇治抹茶を入れるための伝統的な茶器です。

一見すると控えめで、ただの小物のようにも見えます。
しかしこの棗には、日本人が大切にしてきた精神 歴史への敬意、所作への心配り、そして静けさの中に宿る美しさ が詰まっています。
🍵 ただの一杯の抹茶ではなく ― 棗から始まる体験
京都の多くの抹茶体験では、あらかじめお茶碗の中に抹茶の分量が入れられています。
お客様は茶筅で点てて、写真を撮り、そして飲む ― という流れが一般的です。
しかし、私たちの体験はそこから一歩踏み込んで、「棗を扱う瞬間」から始まります。
お客様ご自身が棗を開け、竹の茶杓で抹茶をすくい、自分の茶碗へと移します。
その小さな動作ひとつで、体験はまったく異なるものになります。
あなたは観客ではなく、何百年も続くおもてなしの儀式の一部となるのです。
✨ ある日の棗の物語
最近、ブラジルから来られた女性医師のお客様が体験に参加されました。
最初から棗に強く惹かれている様子で、手に取って眺めながら何かを話しておられました。
「どういう意味で言っているのだろう?」と少し心配でしたが、
後で「美しくて、日本らしいデザインがとても気に入った」と話され、私も納得しました。
その棗はアンティークのものでした。
価格を 5,000円 とお伝えすると、彼女は柔らかく微笑みながら
「少しディスカウントしてもらえますか?」と尋ねました。
私は静かに答えました。
> 「これは中古ではありません。アンティークであり、この中には“歴史”が詰まっています。
だからこそ、それが価値であり、値引きはできません。」
彼女はすぐに納得されたようで、「わかりました」と言って嬉しそうに笑いました。
それは値段ではなく、意味と本物への共感による決断でした。
その後、「どうやって持って帰ればいいかしら?」と少し迷っておられたので、
私はその場で棗を洗って乾かし、丁寧に紙で包み、小さな袋に入れてお渡ししました。
受け取った彼女は笑顔で「パーフェクト!」と言ってくださいました。
日本まで来るブラジル人旅行者の中でも、こうした体験を選ぶのはほんの1〜3%の“本物の富裕層”だけです。
彼らはブランドや値段ではなく、真の価値を瞬時に見抜く人たちです。
なぜなら、彼ら自身もお客様に施術を施す本物の技術の持ち主だからこそ、“本物の職人技とそうでないものの違い”が瞬間的に分かるのです。
その瞬間、私は改めて感じました。
本当の美しさは、説得を必要としない。理解があれば、自然に伝わる。
そして、そんな方々の手に渡ることで、
この棗は日本を旅立ち、次の目的地・韓国を経て、やがて遠いブラジルへとたどり着くのです。
当店から生まれた棗が、今ごろ南米の美しい女性の宝物になっているかもしれないと思うと、心から嬉しくなります。
🪶 なぜ「文化」と「芸術」は値引きしないのか
多くの国では「少し安くできますか?」と聞くと、「もちろん」と答えが返ってきます。
けれども日本では、特に伝統工芸の世界で「値引きしない」というのは、冷たさではなく敬意の表現です。
本物の職人は、作品に込められた時間・歴史・魂の価値を軽く扱いません。
そして、世界中の文化人、医師、シェフ、アーティストたちは、それを手に取った瞬間に理解します。
🌸 棗から心へ ― 本物の京都体験を
竹の茶筅も、茶碗も、そして棗もそれぞれに物語があります。
棗を開け、自分の手で抹茶をすくう瞬間、あなたは“量産できない本物”に触れています。
それは儀式ではなく、心で感じる体験です。
だからこそ、京都での記憶は静かに、長く心に残るのです。






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